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暁の近きを告げる山月記部 🌒⛰🐯

1 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:08:26.71 ID:5SISG06k0.net
ほな

2 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:08:37.18 ID:5SISG06k0.net
山月記 中島敦

3 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:08:50.64 ID:5SISG06k0.net
 隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

4 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:08:55.34 ID:/x+YBSaW0.net
今日は山月記なんやな😳

5 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:09:42.47 ID:5SISG06k0.net
かし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。

數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。
曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として樂しまず、狂悖の性は愈々抑へ難くなつた。

6 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:09:48.67 ID:5SISG06k0.net
>>4
何がええんや?

7 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:09:54.46 ID:aSf1QOkX0.net
これ好きや

8 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:10:00.36 ID:5+oWynxUd.net
自由に生きたんやな😌

9 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:10:24.90 ID:Kd0EVFJid.net
こんな読みにくかったっけ

10 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:10:30.34 ID:5SISG06k0.net
一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。
彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

11 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:10:37.79 ID:/x+YBSaW0.net
>>6
李陵がすこ😳

12 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:11:13.22 ID:glPYKxzr0.net
漢詩のとこのリズムすこ

13 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:11:34.54 ID:5SISG06k0.net
 翌年、監察御史、陳郡の袁傪という者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿った。

次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。
袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発した。

14 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:11:51.24 ID:5SISG06k0.net
>>11
すまん長すぎて無理や

15 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:12:35.70 ID:/x+YBSaW0.net
>>14
こちらこそすまん😳

16 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:12:35.83 ID:5naoFapw0.net
もう夜明けとるわ
大陸にでも住んどんのか

17 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:12:59.72 ID:5SISG06k0.net
残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。虎は、あわや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。
叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。その声に袁傪は聞き憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

 叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊を叙した。そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。

李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人の前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決っているからだ。

しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭わず、曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

18 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:14:07.46 ID:5SISG06k0.net
 後で考えれば不思議だったが、その時、袁傪は、この超自然の怪異を、実に素直に受容れて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立って、見えざる声と対談した。

都の噂、旧友の消息、袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊ねた。草中の声は次のように語った。

19 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:14:21.43 ID:IAIFx8a10.net
李徴かな〜やっぱw

20 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:14:46.10 ID:5SISG06k0.net
 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻りに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。

無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫んで走っていた。何か身体中に力が充ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。
気が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。

21 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:16:04.24 ID:/n7cC4Sfa.net
なんで虎になったんや?

22 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:16:05.96 ID:5SISG06k0.net
自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。
どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうして懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。

それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書の章句を誦んずることも出来る。

その人間の心で、虎としての己の残虐な行のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

23 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:17:21.80 ID:5SISG06k0.net
しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己れはどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。

今少し経てば、己れの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋れて消えて了うだろう。ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように。
そうすれば、しまいに己れは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだろう。

一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。

己れの中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己れはしあわせになれるだろう。だのに、己れの中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう! 己れが人間だった記憶のなくなることを。

この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己れと同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己れがすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

24 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:18:18.77 ID:5SISG06k0.net
 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中の声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

 他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至った。
曾て作るところの詩数百篇、固より、まだ世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなっていよう。ところで、その中、今も尚記誦せるものが数十ある。これを我が為に伝録して戴きたいのだ。

何も、これに仍って一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。

 袁傪は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。成程、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか、と。

25 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:18:55.19 ID:5SISG06k0.net
 旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らを嘲るか如くに言った。

 羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己れは、己れの詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。
嗤ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いていた。)

そうだ。お笑い草ついでに、今の懐を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。

 袁傪は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
我為異物蓬茅下 君已乗軺気勢豪
此夕渓山対明月 不成長嘯但成嘷

26 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:19:35.59 ID:5SISG06k0.net
 時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の声は再び続ける。

 何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。

人間であった時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。
勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。

27 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:19:45.78 ID:/x+YBSaW0.net
ええ話や😳

28 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:20:35.48 ID:5SISG06k0.net
己れは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。
かといって、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。
己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚によって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己れの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
これが己れを損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己れの外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。

29 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:21:12.11 ID:CH5OW3otp.net
ワイも虎になりたい
寅さんでもええ

30 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:21:24.95 ID:5SISG06k0.net
今思えば、全く、己れは、己れの有っていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。

人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己れの凡てだったのだ。

己れよりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己れは漸くそれに気が付いた。それを思うと、己れは今も胸を灼かれるような悔を感じる。

31 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:21:26.01 ID:nqFB6RdI0.net
我輩は虎である

32 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:21:57.27 ID:X3t70HQb0.net
😥😡🐯やっけ

33 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:22:05.19 ID:5SISG06k0.net
己れには最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、己れが頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。
まして、己れの頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己れの空費された過去は? 己れは堪らなくなる。

そういう時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己れは昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。

しかし、獣どもは己れの声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの気持を分ってくれる者はない。

ちょうど、人間だった頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

34 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:22:49.92 ID:5SISG06k0.net
 漸く四辺の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。

 最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。

彼等は未だ虢略にいる。固より、己れの運命に就いては知る筈がない。君が南から帰ったら、己れは既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。
厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖、これに過ぎたるは莫い。

35 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:22:56.80 ID:/x+YBSaW0.net
>>33
>己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

切ない😭

36 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:23:17.69 ID:5SISG06k0.net
 言終って、叢中から慟哭の声が聞えた。袁傪もまた涙を泛べ、欣んで李徴の意に副いたい旨を答えた。李徴の声はしかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。

 本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己れが人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

 そうして、附加えて言うことに、袁傪が嶺南からの帰途には決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人を認めずに襲いかかるかも知れないから。

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

37 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:23:38.02 ID:5SISG06k0.net
>>35
この後も泣いとるぞ切ないわ

38 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:23:53.54 ID:5SISG06k0.net
 袁傪は叢に向って、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲泣の声が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。

39 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:24:05.43 ID:5SISG06k0.net
 一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

40 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:24:20.25 ID:5SISG06k0.net
(昭和17年2月発表)

41 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:24:30.61 ID:k0oL292Gp.net
昔の人はいい文章書くな

42 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:25:48.77 ID:zmzL1Jxua.net
西遊記沙悟浄伝みたいなのがみたい

43 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:26:03.82 ID:5SISG06k0.net
運命というものは恐ろしいなあ

44 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:26:07.76 ID:KP3WUtLw0.net
りちょる人現代にもたくさんおるやろなあ

45 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:26:33.26 ID:/x+YBSaW0.net
悲しいなあ😢

46 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:28:16.49 ID:5SISG06k0.net
ワイが今一番薦めたいのは虎狩やがいかんせん長い

47 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:29:05.51 ID:5SISG06k0.net
  ナポレオン

「ナポレオンを召捕りに行くのですよ」と若い警官が私に言つた。パラオ南方離島通ひの小汽船、國光丸の甲板の上である。

「ナポレオン?」
「ええ、ナポレオンですよ」と若い警察官は私の驚きを期待してゐたやうに笑ひながら言つた。「ナポレオンといつても、島民ですがね。島民の子供の名前です。」

 島民には隨分變つた名前が色々とある。昔は基督教の宣教師に命名して貰ふことが多かつたので、マリヤとかフランシスなどといふのが多く、又、以前獨逸領だつた關係からビスマルクなどといふのも時にあつたが、ナポレオンは珍しい。

しかし、私の知つてゐる他の島民の名前、シチガツ(七月に生れたのであらう)、ココロ(心?)、ハミガキ等に比べれば、何といつても堂々たる名前には違ひない。もつとも、その餘り堂々とし過ぎてゐる點が可笑しいのには違ひないが。

 甲板に張られたカンワ”スの日覆の下で、私は色の黒い不良少年、ナポレオンの話を聞いた。

48 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:30:07.99 ID:5SISG06k0.net
 ナポレオンは二年前迄コロールの街にゐたのだが、公學校三年生の時、年下の女の兒にひどく惡性の嗜虐症的な惡戲をして、其の兒を殆ど死に瀕せしめたといふ。
其の他之に類する事件を二つ三つ引起し、更に竊盜なども働いたらしく、一昨年十三歳の時に、未成年者への罰として、コロールから遙か離れた南方のS島へ流されたのである。

名目上はパラオ諸島に屬してゐるものの、之等南方離島は地質的にも全然別の島だし、住民もずつと東方の中央カロリン系のものなので、言語習慣もパラオとはまるで變つてゐる。

流石の惡少年ナポレオンも最初は大分閉口したらしいが、環境に適應する(といふより之を克服する)不思議な才能を備へてゐると見え、半年も經たぬ間に、S島でももてあます跳梁ぶりを示し始めた。

島の少年共を脅迫したり、娘や人妻に怪しからぬ振舞をして困るからとの陳情が、島の村長から大分前にパラオ支廳の方へ來てゐるといふ。そんな惡少年は島の内で制裁すればいいと思はれるのに、それがどうして、島の成人おとな達が逆に怯おびえてゐる有樣なのださうだ。

S島は人口も極めて少く、それも年々減少しつゝある、謂はば廢島に近い島なのだが、僅か十五六歳の少年一人を抑へかねる程、住民等も元氣が無いのであらうか。

49 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:31:18.91 ID:5SISG06k0.net
 私と今話してゐる警察官がナポレオンを召捕りに來たのは、此の少年に改悛の情無しと見たパラオ支廳の警務課が、彼の流刑の期間を延長し、その上流竄地をS島よりも更に南方遙か隔たつたT島に變更することに決めたためである。

警官は、此の用件と、もう一つ僻遠諸離島の人頭税取立てとを兼ねて、一人の島民巡警を引連れ、内地人の乘ることなど殆ど無い・そして年に僅か三囘位しか通はない此の離島航路の小船に乘つたのであつた。

50 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:32:07.77 ID:5SISG06k0.net
「ナポレオン先生、大人しく此の船に乘せられて、T島に移りますかな?」と私が言ふと、「なあに、いくら惡わるだと云つたつて、たかが島民の子供ぢやないですか。問題ぢやない」と警官がむきになつて答へた。

其の聲に、今迄の會話の調子と違つて、意外にも若干の憤激の調子が感じられ、ああ、私の今の言葉は島民の前には絶對權威をもつ警官への多少の侮蔑に當るのかも知れぬと氣が付いた。

 S島がナポレオンの存在に困るからとて、T島にやつたのでは、同じ樣な無氣力者の寄合に違ひないT島でも矢張この少年に手古摺るに違ひない。もつと他に何か方法は無いものか。たとへばコロールの街で嚴重な監視の下もとに勞役に從はせるとか、さういふ風な。

それに、一體、此の流刑といふ古風な刑罰を少年に課してゐるのは、どういふ法律なのだらう? 日本人の籍をもたぬ彼等島民、殊に其の未成年者には、どんな法律が設けられてゐるのだらう?

同じ南洋の官吏でゐながら、まるで方面違ひの、おまけに極く新米しんまいの私は、そんな事に全然無知だつたので、少し訊ねて見たかつたのだが、相手の機嫌を幾らか損じたらしい際でもあり、傍にゐる島民巡警への顧慮も手傳つて、それは控へることにした。

51 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:32:16.07 ID:/x+YBSaW0.net
旧漢字混じっててもスラスラ読めるのはなんでやろな

52 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:34:18.88 ID:5SISG06k0.net
「晝頃にはS島に着くやうなことを船長は言つとつたが、此の間みたいに半日も流されて、行過ぎとるなんてことがあるから、あてにはなりませんなあ。」

 警官は話を換へて、そんなことを言ひ、伸びをしながら、眼を海の方に向けた。私も亦それにつられて、何といふこともなく、目を細くして眩しい海と空とを眺めた。

 底拔けの上天氣である。何といふ光り輝く青さだらう、海も空も。
澄み透る明るい空の青が、水平線近くで、茫と煙る金粉の靄の中に融け去つたかと思ふと、其の下から、今度は、一目見ただけで忽ち全身が染まつて了ひさうな華やかな濃藍の水が、擴がり、膨らみ、盛上つて來る。

内に光を孕んだ豐麗極まりない藍紫色の大圓盤が、船の白塗の欄干てすりの上になり下になりして、とてつもなく大きく高く膨れ上り、さて又ぐうんと低く沈んで行く。

紺青鬼といふ言葉を私は思出した。それがどんな鬼か知らないが、無數の眞蒼な小鬼共が白金の光耀粲爛たる中で亂舞したら、或ひは此の海と空の華麗さを呈するかも知れないと、そんなとりとめない事を考へてゐた。

 暫くして、餘りの眩ゆさに海から眼を外らして前を見ると、つい先刻まで私と話してゐた若い警官は、布製の寢椅子に凭つたまゝ、既に快げな寢息を立ててゐた。

53 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:35:20.74 ID:5SISG06k0.net
 午ひる近く、船は珊瑚礁の罅隙の水道を通つて灣に入つた。S島だ。黒き小ナポレオンのゐるといふエルバ島である。

 低い・全然丘の無い・小さな珊瑚島だ。緩く半圓を描いた渚の砂は――珊瑚の屑は、餘りにも眞白で眼に痛い。

年老いた椰子樹の列が青い晝の光の中に亭々と聳え立ち、その下に隱見する土人の小舍がひどく低く小さく見える。二三十人の土民男女が濱に出て、眼をしかめたり小手を翳したりしながら、我々の船の方を見てゐる。

 潮の關係で、突堤には着けられなかつた。岸から半丁程離れて船が泊ると、迎への獨木舟カヌーが三隻水を切つて近寄つた。見事に赤銅色をした逞しい男が、眞赤な褌一つで漕いで來る。近付くと、彼等の耳に黒い耳輪の下つてゐるのが見えた。

54 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:35:22.91 ID:+rpnzjdH0.net
現代語訳してくれないと読めない

55 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:36:29.26 ID:5SISG06k0.net
「では、行つて來ます」と警官はヘルメットを手に取りながら挨拶し、巡警を從へて甲板から降りて行つた。

 此の島には三時間しか泊らないことになつてゐる。私は上陸しないことにした。ひとへに暑さを恐れたためである。

 晝食を下で濟ませてから、又甲板へ上つて來た。外海の濃藍色とは全然違つて、堡礁(リーフ)内の水は、乳に溶かした翡翠だ。船の影になつた所は、厚い硝子の切斷部のやうな色合に、特に澄み透つて見える。

エンヂェル・フィッシュに似た黒い派手な竪縞のある魚と、さよりの樣な飴色の細い魚とが盛んに泳いでゐるのを見下してゐる中に、眠くなつて來た。先刻警官の睡つた寢椅子に横になると、直ぐに寢て了つた。

56 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:36:55.05 ID:5SISG06k0.net
>>54
旧漢字使っとるだけで現代語やから諦めんな

57 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:37:46.73 ID:5SISG06k0.net
 タラップを上つて來る足音と人聲とに目を醒ますと、もう警官と巡警とが歸つて來てゐた。傍に、褌一つの島民少年を連れてゐる。

「あゝ、これですか。ナポレオンは。」
「ハア」と頷くと、警官は少年を、甲板の隅の索具等の積んである邊へ向けて突き飛ばした。「その邊へしやがんどれ。」

 警官の背後から巡警が(二十歳になつたかならない位の、愚鈍さうな若者だ)何か短く少年に言つた。警官の言葉を通譯したのであらう。少年は不貞腐れたやうな一瞥を我々に投げてから、其處にあつた木箱に腰を下し、海の方を向いて了つた。

58 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:38:00.46 ID:+rpnzjdH0.net
>>56
ワイに努力を求めるな殺すぞ

59 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:38:36.54 ID:zmzL1Jxua.net
昔は色の表現がクドいくらいインテリやな
最近の小説やとクドくなるから色はサラリと流すが

60 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:39:45.79 ID:5SISG06k0.net
 島民としては甚だ眼が小さいが、ナポレオン少年の顏は別に醜いといふ譯ではない。さうかと云つて(大抵の邪惡な顏には何處か狡い賢さがあるものだが)惡賢いといふ柄でもない。
賢さなどといふものは全然見られぬ・愚鈍極まる顏でありながら、普通の島民の顏に見られる・あのとぼけたをかしさがまるで無い。

意味も目的も無い・まじりけの無い惡意だけがハツキリ其の愚かしい顏に現れてゐる。先程警官から聞かされた此の少年のコロールでの殘忍な行爲も、成程この顏ならやりさうだと思はれた。

たゞ、豫期に反したのは、其の體躯の小さいことである。島民は概して二十歳前に成長し切つて了ふので、十五六にもなれば、實に見事な體格をしてゐる者が多い。
殊に性的な犯行をする程早熟な少年ならば、屹度體躯もそれに伴つて充分發達してゐるだらうと思つたのに、これは又、痩せてひねこびた猿のやうな少年である。
斯んな身體の少年が、どうして(未だに家柄の次には腕力が最もものを言ふ筈の)島民の間で衆人を懼れさせることが出來るか、誠に不可思議に思はれた。

61 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:41:18.52 ID:5SISG06k0.net
>>59
ほかの作品やとそうでもない
中島敦の『環礁』シリーズは全部こんな感じや

62 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:41:20.43 ID:zmzL1Jxua.net
落とすな

63 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:42:55.38 ID:5SISG06k0.net
「御苦勞樣でしたな」と私は警官に向つて言つた。
「イヤ。船が珍しいもんだから、野郎、村の者と一緒に濱へ出とつたんで、直ぐつかまへましたよ。しかし、あの男が(と巡警を指して)言ふにはですな、困つたことに」と警官が言つた。

「ナポレオンの野郎、今ではパラオ語をすつかり忘れて了つとるんですと。何をあれに聞かせても通じんのです。しかし、そんな事があるもんでせうかな。僅か二年の間に自分の生れた土地の言葉をみんな忘れて了ふなんてことが。」

 二年間此の島でトラック語ばかり使つてゐたために、ナポレオンはパラオ語を忘れ果てたといふ。公學校で二年程習つた日本語を忘れたといふのなら、之は解る。併し、生れた時から使つて來たパラオ語迄忘れるとは?
私は首を傾けた。だが、萬更、有り得ないことではないかも知れんなと思つた。しかし、又一方、警官の訊問を避けるための僞りでないと誰が知らう。「さあね」と私はもう一度首を傾げた。

「わしもね、奴が嘘をついとるんぢやなからうかと大分責めて見たんですがな、やつぱり本當に忘れて了つたらしい所もあるし。」と警官はさう言ひながら額の汗を拭ひ、此方に背中を向けてゐるナポレオンの方を忌々しさうに見遣つた。
「とにかく、不貞腐れた、生意氣な奴ですよ。まだ子供のくせに、こんな強情な野郎は無い。」

64 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:43:04.55 ID:zcl1FK6I0.net
臆病な自尊心と尊大な羞恥心すこ

65 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:45:32.41 ID:5SISG06k0.net
 午後三時、愈々出帆だ。ゴトヾヽいふエンヂンの音と共に船體が輕く上下に搖れ出した。

 私は警官と甲板の椅子に凭つて(我々二人だけが一等船客だつたので何時も一緒にゐない譯に行かないのである)島の方を見てゐた。其の時、我々の傍に立つてゐた例の島民巡警が「アレ!」と頓驚な聲を出して、我々の背後を指さした。

直ぐ其の方向に振向いた時、私は、今しも白塗の欄干(てすり)を越えて海の上へと躍つた島民少年の後姿を見た。慌てて我々は欄干の所へ駈け寄つた。既に脱走者は船から七八間離れた渦の中を船尾を廻つて鮮やかに島の方へと泳いでゐた。

「停めろ! 船を停めろ!」と警官が喚いた。「ナポレオンが逃げたぞ。」 

66 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:46:43.88 ID:/x+YBSaW0.net
ナポレオン逃げたやん😳

67 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:46:48.02 ID:5SISG06k0.net
 忽ち船の上はごつた返しの騷ぎとなつた。船尾にゐた二人の島民水夫が其の場から海に跳び込んで脱走者の後を追うた。二人とも二十歳を越えたばかりと思はれる逞しい青年だ。

脱走者と追跡者との距離は見るゝゝ縮まつて行くやうに見えた。濱邊で船を見送つてゐた島の連中も漸く氣が付いたらしく、ナポレオンの泳ぎ着かうとする方角に向つて、白い砂の上をバラヾヽと駈けて行く。

 思ひがけない活劇に、私は欄干(てすり)に凭つてかたづを呑んだ。之は又、目も醒めるばかり鮮やかな色彩の世界を背景にした南海の捕りものである。私は餘程嬉しさうな顏をして眺めてゐたに違ひない。

「面白いですなあ!」と聲を掛けられて氣が付くと、何時の間にか隣に船長が(どういふ譯か、此の船長は何時見ても多少の酒氣を帶びてゐないことはない)來てゐたのである。彼も亦のんびりとパイプの煙をふかしながら、映畫でも見るやうに樂しげに海の活劇を見下してゐた。

巧くナポレオンが濱に泳ぎ着いて、さて島内の森の中へでも逃げおほせて呉れればいいと、どうやらそんな事を考へてゐたらしい自分に氣が付いて、私は苦笑した。

68 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:47:44.56 ID:5SISG06k0.net
 だが、結果は案外あつけなかつた。結局、汀から二十間ばかりの・丈の立つ所迄來た時、ナポレオンは追ひ付かれた。

竝よりも身體の小さい少年一人と、堂々たる體格の青年二人とでは、結果は問ふ迄もない。少年は二人に兩腕を取られて引立てられ、濱に上つた迄は見えたが、島の連中が忽ち取卷いて了つたので、あとは良く見えなくなつた。

 警官は酷く機嫌を惡くしてゐた。
 三十分後、殊勳の二水夫に押へられたナポレオンが再び島のカヌーで船に連れ戻された時、眞先に彼は手酷い平手打を三つ四つ續けざまに喰はせられた。
さて、それから今度は(先刻は繩をつけなかつたのだ)兩手兩足を船の麻繩で縛り上げられた上、隅つこの・島民船員の食料が詰め込んであるらしい椰子バスケットと飮用の皮剥若椰子との間にころがされた。

「畜生。餘計な世話を燒かせやがる!」と警官は、それでも漸く安堵したやうに、さう言つた。

69 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:48:19.92 ID:5SISG06k0.net
 翌日も完全な上天氣であつた。一日陸を見ずに、船は南へ走つた。

 漸く夕方近くなつて、無人島H礁の環礁の中に入つた。無人島に船を寄せるのは、萬一漂流者がありはせぬかを調べる爲だらうと私は思つた。何處かの命令航路の規約にそんな事が書いてあつたのを憶えてゐたからである。
所が實際は、そんな甘い人道的な考へ方からではなかつた。此處での高瀬貝採取權を獨占してゐる南洋貿易會社からの頼みで、密漁者を取締るのが目的なのだといふ。

70 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:49:08.42 ID:zmzL1Jxua.net
ナポカスはヒョロガリ

71 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:49:35.05 ID:lseMHMt/0.net
山月記読んだの高校生ぶりやけど刺さるわ

72 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:50:02.31 ID:5SISG06k0.net
 甲板の上から見ると、夥しい海鳥の群が此の低い珊瑚礁島を蔽うてゐる。船員の二三に誘はれ上陸して見て、更に驚いた。

岩の陰も木の上も砂の上も、たゞ一面の鳥、鳥、鳥、それから鳥の卵と鳥の糞とである。さうして、其等無數の鳥共は我々が近寄つても逃げようとはしない。捕へようとすると、始めて僅かに二三歩よたよたと避けるだけである。

大きいのは人間の子供位なのから、小さいのは雀位のものに至るまで、白いもの、灰色のもの、薄茶色のもの、淡青のもの、何萬とも數へ切れぬ數十種の海鳥共が群れてゐるのだが、殘念ながら、私には(同行の船員にも)一つも名前が判らぬ。

私は唯無性に嬉しくなり、むやみに走り廻つては彼等を追ひかけ廻した。幾らでも、全く可笑しい位幾らでも、捕つかまるのだ。

嘴の赤くて長い・大きな白い奴を一羽抱きかかへた時は流石に少し暴れられてつつ突かれはしたが、私は子供の樣に喚聲をあげながら何十羽となく捕へては離し、捕へては離しした。
同行の船員等は始めてではないので私程に喜びはしなかつたが、それでも棒切を揮つては大分無用の殺生をしてゐた。彼等は手頃な大きさの奴三羽と、薄黄色い卵を十ばかり、食用にする爲に船へ持ち歸つた。

73 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:50:26.74 ID:5SISG06k0.net
 遠足に行つた少年の樣に滿足し切つて船に戻ると、下船しなかつた警官が私に言つた。

「あの野郎(ナポレオンのことだ)昨日から不貞腐れて何も喰はんのですよ。芋と椰子水を出して手の繩を解いてやるんだが、見向きもせんのです。何處迄強情か底が知れん。」

 成程、少年は昨日と同じ場所に同じ姿勢でころがつてゐた。(幸ひ、そこは陽の射さぬ所だつたが。)私が側へ寄つても、目はハツキリあいてゐるくせに、視線を向けようともしないのである。

74 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:51:20.08 ID:zmzL1Jxua.net
落とすな

75 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:52:00.40 ID:E7c2Zzeor.net
豚にナポレオンとつけよう

76 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:53:01.55 ID:5SISG06k0.net
 次の朝、即ちS島を出てから二日目の朝、船は漸くT島に着いた。此の航路の終點でもあり、ナポレオン少年の新しい配流地でもある。

堡礁内の淺い緑色の水、眞白い砂と丈高い椰子樹の遠望、汽船目懸けて素速く漕寄せて來る數隻のカヌー、
其のカヌーから船に上つて來ては船員の差出す煙草や鰯の罐詰などと自分等の持ち來たつた雞や卵などとを交換しようとする島民共、
さては、濱に立つて珍しげに船を眺める島人等。それらは何處の島も變りはない。

 迎への獨木舟が着いた時、巡警は、まだ同じ姿勢で椰子バスケットの間に寢ころがつてゐるナポレオン(彼は到頭丸二日間、強情に一口も飮食しなかつたのださうだ)に其の旨を告げ、足の繩を解いて引起した。

ナポレオンは大人しく立上つたが、巡警が尚も其の腕を取つて警官の方へ引張らうとした時、憤然とした面持で、島民巡警を不自由な肱で突き飛ばした。突き飛ばされた巡警の愚鈍さうな顏に、瞬間、驚きと共に一種の怖れの表情が浮かんだのを私は見逃さなかつた。

ナポレオンは獨りで警官の後についてタラップを降りた。カヌーに移り、やがてカヌーから岸に下り立ち、二三の島の者と共に警官について椰子林の間に消えて行くのを、私は甲板から見送つた。

77 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:53:46.43 ID:5SISG06k0.net
 此處で七八人の島民船客が椰子バスケットを獨木舟に積込んで下りて行つたのと入違ひに、ここからパラオへ行かうとする十人餘りが同じ樣な椰子バスケットを擔いで乘込んで來た。
無理に大きく引伸ばした耳朶(みみたぶ)に黒光りのする椰子殼製の輪をぶら下げ、首から肩・胸へかけて波状の黥(いれずみ)をした・純然たるトラック風俗である。

 一時間程すると、警官と巡警とが船に戻つて來た。ナポレオン配流のことを島民等に言つて聞かせ、その身柄を村長に託して來たのである。

78 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:54:58.55 ID:5SISG06k0.net
 出帆は午後になつた。

 例によつて濱邊には見送りの島の者がずらりと竝んで別を惜しんでゐる。(一年に三四囘しか見られない大きな船が發たつのだから。)

 陽除の黒眼鏡を掛けて甲板から濱邊を眺めてゐた私は、彼等の列の中に、どうもナポレオンらしい男の子を見付けた。
オヤと思つて隣にゐた巡警に確かめて見ると、やはり、ナポレオンに違ひないと言ふ。大分離れてゐるので、表情迄は分らないが、今はもうすつかり縛いましめを解かれて、心なしか、明るく元氣になつたらしく見える。

隣りに自分より少し小柄の子供を二人連れ、時々話し合つてゐるのは、既に――上陸後三時間にして早くも乾兒(こぶん)を作つて了つたのだらうか?

79 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:55:47.39 ID:5SISG06k0.net
 船が愈々汽笛を鳴らして船首を外海に向け始めた時、ナポレオンが居竝ぶ島民等と共に船に向つて手を振つたのを、私は確かに見た。あの強情な不貞腐れた少年が、一體どうしてそんな事をする氣になつたものか。
島に上つて腹一杯芋を喰つたら、船中の憤懣もハンガー・ストライキも凡て忘れて了つて、たゞ少年らしく人々の眞似をして見たくなつたのだらうか。
或ひは、其處の言葉は既に忘れて了つても、矢張パラオが懷しく、そこへ歸る船に向つて、つい手を振る氣になつたのだらうか。どちらとも私には判らない。

 國光丸はひたすら北へ向つて急ぎ、小ナポレオンのためのセント・ヘレナは、やがて灰色の影となり、煙の如き一線となり、一時間後には遂に完全に、青焔燃ゆる大圓盤の彼方に沒し去つた。

80 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:56:05.48 ID:5SISG06k0.net
『環礁』より『ナポレオン』

81 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:57:19.19 ID:/x+YBSaW0.net
ここまで手厚く扱うもんなんか
普通にリンチにされて終わりそうなもんやが

82 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:57:43.95 ID:5SISG06k0.net
山月記と名人伝以外の中島敦読んだことあるか?

83 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:58:54.74 ID:5SISG06k0.net
>>81
南洋やし気質が呑気なんやろ
その上で日本が文明国として統治しようと張り切ってたしな

84 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 05:59:33.06 ID:zmzL1Jxua.net
>>82
99%の日本人は読んだことないぞ

85 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:01:18.74 ID:/x+YBSaW00606.net
>>82
李陵と光と風と夢は読んだでっ✊😳

86 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:01:48.05 ID:/x+YBSaW00606.net
あと子路が出てくるやつも読んだ記憶ある😳

87 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:02:40.81 ID:wAOgoBY000606.net
>>82
弟子と牛人おすすめやで

88 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:04:13.20 ID:efcz45gy00606.net
高校の時に髭モジャのキモい先生がいい声で朗読してたの思い出すわ

89 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:04:49.88 ID:5SISG06k00606.net
>>85
光と風と夢とかいいセンスをしている
次に虎狩と環礁オススメや

90 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:05:35.62 ID:QVIWXOp1d0606.net
>>58
不良品w

91 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:05:42.62 ID:/x+YBSaW00606.net
>>89
ちくま文庫の全集持ってた気がするから探すわさんがつ✊😳

92 :風吹けば名無し:2019/06/06(木) 06:08:32.40 ID:5SISG06k00606.net
>>87
李陵・山月記・弟子・名人伝・牛人
狐憑・文字禍
環礁・南島譚
虎狩
光と風と夢 あたりは誰にでも薦められるわ

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