巨人小笠原、笛を吹き死亡

風吹けば名無し

江戸で奇怪な噂が流れた。原家の笛を吹くと奏者は気が狂ってしまうーー。
原家というのは将軍ナベツネの笛の指南役を務めている家で、当主は原辰徳が務めている。これがまた出来物でナベツネに気に入られ、老中の清武とともにナベツネの懐刀ともいわれていた。が、それは置く。
さて、噂である。この噂の流れるきっかけがあった。

ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべ原家の門を叩いた者があった。女中が対応すると、たちまちこれを強姦してしまう。女中を犯したこの畜生はズカズカと邸内へ侵入すると、刀を向ける原家の武士たちを一瞥し、玄関に飾られてある笛を手に取り、吹きはじめた。
この状況で笛を吹くやつがあるか、とは思ったが、みな不思議と手は出さない。あるいは既に笛の魔力に取り憑かれていたか。
しかし畜生が吹いた曲、これが魔曲と呼ばれた『闘魂こめて』であった。取り巻く武士たちの中には泡を吹いて倒れる者まで出始め、彼らは真っ青な顔をして奥へ走り去ってしまったものである。
聴いているだけでこれであるから、奏者はただでは済まなかった。畜生は吹いているうちに顔色が真っ青になり、曲が終わるとその場に倒れこんだ。事切れていた。

笛の謎、魔曲の謎、突然現れた畜生の謎……。
謎が謎を呼び、さらに老中清武が原を追いやろうとした陰謀であるとの話まで出てきては、収拾がつかなかった。
原辰徳はこれを受け「清武さん、もうやめにしませんか。まだ間に合います」との声明を発表し清武を牽制した。
なお明日の御前講義には間に合う模様