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赤ん坊の泣き声が聞こえる。おまえは誰なんだ。
- 1 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:04:36.25 ID:j8JWPoZu0.net
- 雪が降りはじめた。ここレニンヨークに冬が来ようとしていた。この都市の冬は特に冷える。
議事堂関係処理責任者のクロフツは、ガラス1枚隔たれたデスクの中でふるえた。夜中だというのに、
周りにそびえる何万ものビルの一つ一つに明かりがともって昼間のようだ。
実際、この時計が壊れているとしたら、今は昼間なのかもしれない・・・。
確かめる相手はどこにも見えなかった。クロフツは中枢部へ連絡し、今が夜なのか聞いてみた。
中枢部のMCは、正確な時間と今が夜であることを彼に教えた。だが私には納得がいかない・・・。
能率を良くするため、中枢部だけに管理される個室での仕事に、彼の体はまいっていた。
ああ、なんでこんな所で暮らさなければならないのか。いっそ火星にでも移住しようか。
だが開拓して間もない移民地での生活は・・・。確かに精神充足率はむこうの方が高いが、
平均寿命を考えればどちらへ住めばよいかは明らかだ。しかし、こことは違うどこかへ行きたい。私は休みたい・・・。
ふとクロフツは、自分の前に置いてある書類と時計に目を向け、仕事が全くはかどっていないことに気づいた。
乱雑に散らばった書類を急いで整理する。とにかく今は働かなければ。全てが終わった後で、そのことは考えよう。・・・全てが終わった後で。
そうすれば、心の休息も満足に得られるだろう・・・。
「いやあ、今日は冷えますね」
クロフツは、はっとして前方を見上げた。彼の部下のニヨロークがつっ立っていた。
「き、君は、いつ現れたんだ」
「さっきからここにいましたよ」
クロフツは座りなおした。長年の勤務のせいで、現実と空想の区別がつかなくなってきていた。簡単にいえば精神病なのだが、
このことは誰にも言っていない。言えば職を失うことになるのだ。クロフツは、この不自然さを悟らせないように、
しかめっ面をして相手をにらみつけた。
「なんの用かね」
「はあ」
ニヨロークは間の抜けた返事をした。
- 2 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:04:51.84 ID:j8JWPoZu0.net
- 「例の追跡者がまいりました。あの、生きて出てきた者は一人としていない、土星の議事堂の件ですが・・・・」
「しっ!・・・奴にはそう言うなよ。さあ、早く連れて来い!」
ニヨロークとすれ違いに、小柄な男が音もなく入ってきた。クロフツはさりげなく彼についての書類を眺めた。
なぜかこの職業には、大柄で太った人間はいない。目つきが鋭く、どこか繊細な挙動もこの職業ならでは。襟が長く突っ立った、
黒い皮のつなぎを着ていた。そして他の追跡者に比べ、彼は何か超越的なものを感じさせる。
「きみは・・・・・・。戸籍番号936236136・・・」
「ミロです」
彼の声は冷たい。
「そうだったかね。えっと・・・」
クロフツは額の汗を拭く。
「フリーの追跡者?」
「そう」
クロフツは用件を思い出し、咳払いをして相手に笑いかける。
「どうだね。事件の概要はこの前送った通りだ。何か質問は?」
ミロは真顔でイスに座った。
「公企業からの依頼は初めてだ」
「うむ。つい最近、この分野に進出したばかりだから、なにぶん人材不足でね・・・。時々、外部の専門家を非公式に呼んで、
いろいろと頼んでいるんだよ。うむ。我々が造った物は、個人が無法で使っているような逃避的なものではない。
まあ、長いこと使うと脳に障害が出るのは、これにも当てはまるけどね。我が社は、政府が行う惑星間会議のため議事堂を作っているのだ。
そして我々は、これを福祉においても役立てるつもりだ。体が不自由な人でも、
脳が機能する限り、いろいろ表現したり、自由に意見を述べることができるからね」
「・・・ああ。それで侵入した相手について、もう少し詳しく聞きたい」
- 3 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:05:05.41 ID:j8JWPoZu0.net
- 土星の輪の中に光り輝く衛星がある。人類の技術の結晶体、
宇宙の開拓地と人は呼ぶ。タイタン!
城を離れて小川の岸に座る。川にはオイルが流れて、目玉の飛び出た魚が、ぷかぷかと浮かび上がる。
上流には原子力発電所があり、気がつくと彼の体は原子の炎に包まれていた。ウラン!プルトニウム!コバルト!
爆風が全てを灰にして、真っ白な光だけになる。そのままどんどん沈んでいく・・・。彼は今、ヘドロの中にいる。
何かが近づいてくる・・・。破滅の生き物だ。泥と一緒に噛み砕かれる彼の小さい頭。天空の暗雲が裂け、光と共に巨大な手が降りてきて、
頭のなくなった彼をつかんで空に持っていく・・・・・・気が遠くなる・・・。突然彼は放り出される。地面に叩きつけられる。
破滅の生き物が近づく・・・つぶされたそのものは再び動きだす・・・。
「全ての実験も終わって、最終段階として人体実験、いや、つまり、研究員の一人がテスト運転してみたのだ。
3ヶ月前にね・・・。ところが、テストに使った男が・・・」
「精神に異常をきたしていたとか?」
「うむ。そう・・・。まあ、そういうことだ」
「本当にその研究員のせいなのか。機械の故障のせいじゃないのだな」
「いや、故障ではない。先日渡したデータの通り、まだ機能している。その研究員、ヨムレイという名前なんだが、
実に優秀だった。Aクラス機器を扱える逸材でねぇ。うむ。だが、テストの直前に娘さんが、事故にあって亡くなったのだよ。
どうやらそのショックらしいのだが・・・」
クロフツは話し続け、ミロの質問にいくつか答えた。クロフツは、研究員ヨムレイの立体映像を見せた。縮小されたヨムレイは、
デスクの上でゆっくりと回転した。一瞬の沈黙の後、追跡者ミロは突然立ち上がった。
「わかった。その男を連れ戻せばよいのだな」
くるりと背を向け、通路へ歩み去った。
クロフツは、自分のデスクに長いこと座っていた。彼が適任なのに間違いない。そして彼なら、
事件が機密であることになんの疑いもなく一人で対処するだろう。
端末機から音が流れる。
『・・・リターン』
- 4 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:05:24.22 ID:j8JWPoZu0.net
- 沈黙・・・。ニヨロークの声が聞こえる。
『追跡者の接続が完了しました。・・・・・・今の時代はテクノロジーが異常に進みすぎた病的な文明を生んでいます。
人類を正しく導くためには我らが神が必要であり、もうそこには神が存在しているのです』
「・・・そのとおり。テクノロ神に未来を」
『え?ボス、今、なんておっしゃいました?・・・・・・未来を我らに。リターン』
「リターン」
通信が切れる。クロフツは誰もいない静かな明るい一室で、満足の笑みを浮かべる。
城を出て中心街を歩く。街道はいつもどおりで、百年前にあった小川はもうない。いくらかホッとした。
地上700階のレストランで食事をとる。時々、大昔のスペースシャトルや宇宙ステーションが静かに窓際を通りすぎていく。
何かがぶんぶんいっている。あれはハエではないか!大昔に絶滅したはずの!突然それはポトリと落ちて、
赤ワインのグラスに浮かび上がった。そして音もなく床が崩れ落ちた。彼も、着飾った周りの客達も、
店のロボット達も一瞬にして宇宙空間に放り出された。下にあったはずの地球は、黄色い炎を噴きだして美しいばかりにコナゴナに崩れていき、
レストランは軌道を回る。どこの軌道に?彼は落ちていく。地獄へ・・・太陽の墓場へ・・・破滅の深淵へ・・・・・・。
追跡者のミロは、中枢部へ通じている公衆端末ボックスに入った。そこの住民情報へつなぎ、名前を入力する。
ヨ・ム・レ・イ。
戸籍番号・・・498762819009089。
ピッ・・・。
住所・・・城。職業・・・王。
ピ------------------------。
そこから先は情報が出ない。
「城?」
ミロは端末ボックスを出た。そこは公園の中にある円形の大きな広場だった。
遊戯用のロボットがいて、子供達がそこに群がっていた。中心街の方を向くと、
そこには高層ビルが立ち並び、それらの中心に、光り輝く巨大な城が堂々とそびえていた。
城の下の方はかすんで見えた。城壁はなめらかで白銀に輝いていた。いくつか垂直に立ち並ぶ白い塔が、
神聖な印象を強めていた。巨大な塔が一つ、雲を突き抜けて、水晶玉のような星をいくつも瞬かせていた。
ミロはしばらく立ちつくした後、来た道を帰ろうとしたが、耳につくサイレンと共にどこからか感情のない声が聞こえてきた。
「王の情報を引き出すことは法律で禁じられている。命が惜しければ、ただちに君の名前と戸籍番号を端末機に入力せよ」
彼は再び端末ボックスに入り、名前を入力した。
- 5 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:05:36.75 ID:j8JWPoZu0.net
- ク・ロ・フ・ツ。
戸籍番号・・・374827492882744.
しばらくは何も起こらなかったが、突然警報が鳴り響き、赤いランプがボックス内に点滅し、
床がガタガタ揺れだした。端末機は、死霊のような声を出した。
「すでにクロフツは・・・別の場所に存在している・・・。
おまえは侵入者だ・・・。王の命令により、今からおまえを処分する・・・」
唖然とし、すぐに身の危険を感じて外に出ようとしたが、ドアが開かない。
膝に装着してあったハンドガンを取り外し、強度を最大にして撃った。バッと火花が飛び散ってドアがふきとんだ。外のサイレンはまだ鳴っていた。
「そこを動くなよ」
ボックスが言った。広場から人影が消えていた。ミロは全速力でその場から離れた。
ゼーゼーいいながら後ろを振りむくと、地面が熱を出してボックスはボロボロと崩れていった。
サイレンはまだ続いている。ミロは出口をめざして公園の道を走った。人々は上を見上げている。
上空にとてつもなく巨大なスクリーンが漂っていて、ミロの顔が浮かび上がっていた。
「排除せよ。排除せよ」
本当におれを殺そうとしているのか?ミロは上を見上げながらベンチに座っている老人の前を通った。
するとその老人は、渾身の力をこめて持っていた杖を彼めがけて振り下ろした。杖は顔面を直撃し、
ミロはもんどりうって地面に倒れた。さっき広場にいた子供達が、彼に向かって石を投げつけはじめた。
大きな音がしたので振りむくと、公園の警備員がミロを標的に銃を撃っていた。ミロは必死の思いで公園から逃げだして、
中心街行きの道路に乗った。高速で移動する道路が彼を運んでいく。社名やポスターを塗りたくった、
道沿いにあふれている看板が、全て消えて一瞬のうちに彼の顔のアップや全身像に変わっていった。黒い道の端で、
ぼやけた白い街頭が、大勢の通行人を照らしている。通り過ぎる人、すれ違う人に顔を見られないように、
ミロは襟で顔を覆った。一直線に道はのびている。そのはるか前方には、数万もの高層建築群の集合体レニンヨークの中心街。
その中央で、壮麗な城が霧のように霞んだ周りの建物を背景にして、光を瞬かせながらたたずんでいた。
- 6 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:06:07.32 ID:j8JWPoZu0.net
- 城を出て高速道路を最新式の自動車で走る。最新式?50年前に、車両の道路での使用は禁止されたはずだ。
助手席には彼の妻がいる。ふと気がつくと、人々はいつもの移動式の道路に乗っていて、彼だけが自動車を運転していた。
彼と同じスピードで人々は移動している。通行人には生気がない。移動しているうちに、だんだん年老いていくようだ。
驚くことに妻の黒い髪にも白髪が混じり始めていた。私はどこを走っているんだ?前方の空気が揺らいで大きな口が現れた。
破滅の生き物だ。ブレーキをかけたが、彼の車はどんどん前に移動した。人々も道路を進みながら大きな口に飲みこまれていく。
口はよだれを垂らして彼を待ちうける。「なんで逃げるのよ。幸せになれるのよ・・・」妻はうつろな目で笑いかける。
「だまれ!おまえはアル中ででヤク中なんだ」彼らは噛み砕かれてドロドロになる。流行の髪型をした彼の娘が微笑む。おまえは死んだはずだ。
そして赤ん坊の泣き声が聞こえる。おまえは誰なんだ。おまえは誰なんだ。おまえは・・・・・・。
街灯が青く揺らめいていた。ここはレニンヨークのスラム街。ミロはフラフラと酒場に入っていった。
暗い店内に、立体映像がいくつか立ち並んでいた。いつもは裸の女だが、今日は全てミロの顔だった。
ミロはカウンターに座るのはやめて、座り心地のよさそうなソファーにどっかりと腰をおろした。彼がここに来て一日が過ぎた。
そのまま眠ってしまいたい気分だった。店内はかなり混雑していて、酒以外の悪臭が鼻についた。
ミロがウォッカを飲み干したその時、異様な男が入ってきた。フードつきのダブダブの青い服を着て、
体つきはがっしりして、歩き方がぎこちなかった。その男は店内をうろついた後、やがてミロの目の前に座り、
フードの陰から異様なほど無表情な顔をこちらへ向けた。
「君がミロか?」
- 7 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:06:21.83 ID:j8JWPoZu0.net
- 青い服の男は感情のない声で言った。ミロは瞬間的に膝のハンドガンに手を置いた。男はそれは手で制する。
「やめたまえ。私は味方だ。私の名はデカルト。もうすぐここに暗殺者がやって来る。変装をしたって無駄なことだ。
さっき入口でチクリとしただろ。顔を変えてもDNAは変わらない・・・」
「なら、なぜここにいるみんなはおれを殺さない」
「店の主人がここを荒らしてほしくないからだ。もう奴は連絡した。君がここを出たとたん、
暗殺者は君を消し去るだろう。逃げても無駄なことだ。上空の衛星が君を監視し続けている」
酔っぱらった客同士が店の中で喧嘩をしているなか、2人は黙ってにらみあった。
店員達はこちらへ目を向けていた。
「衛星ということは、おれが今まで逃げていた間、いつでもおれは・・・」
「ちがう。衛星が君を発見したのは、この店の主人が連絡してからだ」
「どこに連絡を・・・」
デカルトが身をのりだした。
「それを私も知りたいのだ」
「それよりもまず、ここを逃げたい」
ミロはソファーにもたれかかった。
「まかせろ。ついてこい。いい逃げ場所を知っている」
2人は立ち上がった。店の主人らしい、小太りの禿げた男が端末機にむかって何か話していた。
ミロが金を投げてよこすと、男はニタッと笑った。
「いくぞ」
- 8 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:06:34.43 ID:j8JWPoZu0.net
- 外は霧が出て肌寒かった。店のすぐ前に、サイドカー付きの灰色の新型ホバーバイクが停めてあった。
ミロがデカルトに付いていくべきか迷っていると、道のむこうの暗がりから数人の人影が現れた。
すぐにミロたちの周りでいくつもの銃の火花が飛び散り、ボロボロのスラムが照らしだされた。
ものすごい量のホコリがまきちらされた。
「気をつけろミロ。あれに当たったら後には何も残らない!」
ミロは膝からハンドガンを抜き出し応戦した。にぶい銃声が鳴り響くなか、2人を乗せたホバーバイクが発進した。
大型のノズルが火を噴いてバイクが浮き上がり、振り落とされそうな勢いで加速。銃を連射していた人影は遠ざかっていく。
「振り切ったか」
「いや。まだだ」
後ろの狭い路地の暗闇から無数のライトが見える。音からしてホバーバイクだ。そこからパッと光があって、
すぐにこちらの通路の壁が爆音と共にふっ飛んで、破片がミロの顔にバシバシ当たった。デカルトはスピードを上げた。
危険なほどの速さで、狭い通りにモウモウとチリやゴミが吹きあがった。冷風が体をつき抜ける。
「振り落とされるな。速度を上げた。奴らに発信機をつけられるとまずい」
しかしむこうのバイクの性能もよく、編隊を組んでみるみるうちに接近してくる。ミロは銃を撃ったが相手の装甲は厚く、
弾は光を散らせてわきへそれていく。相手の銃が地面に命中して、爆風が地面すれすれで飛んでいたバイクを揺らし、
危うく振り落とされそうになる。不安定な状態でミロは撃ち続けたが、街の生ゴミやガラクタをふっ飛ばしただけだった。
敵はミロ達を取り囲んで一斉射撃を行った。無数の光や炎や火花やレーザーがあたりに飛び交う。暗殺者達の不気味な顔や、
彼らの頭に埋め込まれた機械が見えるくらいに近づいた。デカルトは横から声をはりあげた。
「どうして命中しない!」
「あいつらの頭を見ろ!中枢部のMCと接続して弾道予測をしているんだ!」
デカルトは体をずらした。
「運転しろ。私がやる」
「よせ!接続してないかぎり、奴らに当てるのは不可能だ」
デカルトは後ろを振り向いた。風でフードが頭から外れた。ミロは「あっ」と声をあげた。
デカルトの頭は、部分的ではなく全てが機械でできていた。デカルトは大型の銃を運転席から取り出し狙いをつけた。
上空から急降下した1台のバイクに向かって連射。運転手は跡形もなくふっ飛んで、バイクは一直線に壁に当たって爆発した。
デカルトは追いすがる敵を打ち落としつづけ、火炎と共に爆音があがった。死体を除去するために、
上空から葬送ロボット達が舞い降りてきた。何ブロックか飛び続けた後、追う者は誰もいなくなった。
「私も接続できるようだな」
「アンドロイドか・・・」
灰色のホバーバイクは一直線に走り続けた。
- 9 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:06:47.01 ID:j8JWPoZu0.net
- 「神はいると思うか?」
デカルトの突然の一言に、一瞬ミロはたじろいだが、すぐに首を横に振った。ここは茶色い建物が並ぶスラム。
その中でも一番さびれた建物に、デカルトは入っていく。階段に登ると、長年積もったホコリの匂いや、
どこからか聞いたことのない楽器の音色が聞こえた。最上階まできて通路を進み、つきあたりのドアの前でデカルトは止まった。
「入ってくれ。私はここの見張りをする」
ミロはデカルトを見上げた。
「ちょっと待てよ。おまえはアンドロイドだな」
「そうだ」
「信じられない。おまえたちは30年前に絶滅したはずだ。中枢部のMCと接続できるおまえたちは、
あまりの高性能のせいで大迫害を受けた・・・」
「絶滅などしていない。私は20年前、宇宙旅行から帰ってきて、あの大迫害に巻きこまれずにすんだのだ。
そういう仲間は私のほかにもまだまだたくさんいる。君達のような人間には絶対に見つからないようにしてな・・・。
まあ、そんなことはどうでもいい。君に会いたがっている人がいる。この部屋の会話は私の耳にも入ってくる。・・・さあ」
部屋にはペルシア絨毯が敷かれ、光り輝くマホガニーの机があり、熱帯魚が泳ぐ大きな水槽の前で、髪を伸ばした色白の少女が立っていた。
「そこに座ってください。君に興味があって、今日は来てもらったの」
ミロはホコリだらけの体をソファーに乗せた。大きな窓からは殺風景な冬の景色が見えた。
「心配しないで。ここはなぜだか分からないけど安全なの。私の名前はエンジェル。きのう、私たちも公園にいて、
君に会ったのよ。王の命令があって、みんなが君を殺そうとしたけど、私とデカルトはそうならなかった。
催眠術のようなものね。君を見た人は、みんな凶暴になった。でも私とデカルトはそうならなかった。どうしてかしら・・・」
エンジェルという少女はゆっくりと、つぶやくように話を進める。疲れのせいか、ミロの意識は急に遠のいていった。
「・・・君を殺せと命令した、王とは誰なのか知りたいのよ。なぜ彼の命令に人々は従ってしまうのか。
どうして私たちにはそれが効かないのか。そう。なぜ君は殺されなければならないの?」
「・・・自分が死ぬのを見たことあるか?」
ミロがつぶやく。
「・・・え?」
「おれは見たんだ。顔がつぶれてよく分からなかったが、あれはたしかにおれだった。ひどい死にかただった。
きのう見たんだ。やはりこれは現実じゃない・・・」
エンジェルが近づくのが感じる。
「ミロ。いったい何を話しているの」
ミロはため息をして目を閉じた。
- 10 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:07:00.73 ID:j8JWPoZu0.net
- オレハダレトハナシテイルノカ?そう、ここにはおれ一人しかいない。脳を電気に移し変えた、おれ。
でもこの機械のいいことは、他人の電気とも接触できることだ。足りない分はコンピューターと
おれの記憶が補ってくれる。おれは誰ともここで接触することができる。時空を越えて。ところで
おれは誰と話しているんだっけ。誰かいないのか?・・・・・・おれ一人。
誰かがおれの電気を消そうとするのか?・・・・・・暗闇から声が聞こえる。・・・・・・私だよミロ君。君の依頼主だ。
気がつくとそこは暗闇で、外から入るかすかな光が部屋を照らしていた。雪が降っている。
「誰か、いないか」
「ずいぶんうなされてたわよ」
すぐそばに、さっきの少女が腰かけているようだ。表情は分からないが、窓からの光を受けた体の輪郭が美しい。
「この世界が造り物だとか、全てが夢かもしれないと思ったことはないか」
ミロはつぶやいた。エンジェルに反応はない。ミロはゆっくりと体を起こす。
「いや、実はこれは全部夢なんだ。ここは地球ではなくてタイタンなんだよ。機械が作った別世界に今、
おれ達はいるんだよ。転移装置というのがあって、その機械は人間の頭脳のパターンを全て読み取って、
擬似的にもう一人の同じ人間を造る。その擬似的な人間は、体を持たずコンピューターにプログラムされた信号だから、
遠く離れたどこにでも飛ばすことができる。この場合は土星の衛星、タイタンを丸ごと使った大コンピューターがそうだが、
そのコンピューターが擬似人間に、ここが本当の世界だという感覚を与えてやる。擬似人間が元の世界に戻れば、
眠らされている本人に擬似人間の記憶が伝えられ、あたかも本人がその世界にいたかのように感じられるんだ。・・・信じられるか?」
ミロは黙った。額には汗がにじんでいた。
「じゃ、この場所は、レニンヨークは、タイタンの中にあるってこと?」
「そう。全部コンピューターの記号なんだ。タイタンは、今までで一番大きなシステムになっている。
レニンヨークだけじゃない。地球全体をコピーしたんだ」
「・・・・・・」
- 11 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:07:12.90 ID:j8JWPoZu0.net
- 「そう、おれの話は、全部嘘かもしれない。この世界にも、元の世界に戻れる転移装置があるはずだった。だけど、
そこへ行っても、そんな機械はどこにもなかった。もしかして、おれは気が狂って、
こんな夢を見ているのかもしれない。この世界は、おれの頭の中だけにあるのかもしれないんだ・・・・・・」
本当におれは誰に話しているのか・・・?職業病ともいえる病気に、ついにかかっちまったのかもしれない。
追跡者を長く続ける奴はいない。みんな莫大な報酬を手にして普通の生活に戻るか、「あの世」でくたばるかだ。
恐ろしいのは「あの世」でくたばることではない。転移装置を長く使い続けていると、精神を冒されていくのだ。
不治の病。だがおれは、この生活を何年もやめる決心がつかずに続けてきた・・・・・・。
「・・・話を続けて」
エンジェルがせかす。
「・・・おれは政府の依頼でここに来た。ヨムレイという男を探しに。ここの王の名前だ。
この男は現実世界において娘に死なれ、そのショックで妻がドラッグを使うようになって家庭生活が崩壊した。
外では困難な仕事が彼を待っている。ヨムレイは実験体としてこの世界に入ることになった。・・・・・・そして彼は、
ここの王となった。逃避的衝動が、あの城を造りあげたんだろう。普通、転移装置から入ることのできる世界は、
現実世界の全てを再現しているわけではない。でもこのタイタンでは、宇宙の法則を全て再現している。
もちろんそんなことは衛星一つ使ったって技術的に不可能だ。その侵入者の観念を機械が読み取って、
その人が常識と思った事柄はそっくりそのままコピーされる。機械と人間が一体となって世界を造っていくんだ。
だから彼のような人物がこの世界へ侵入すると、とても危険なことになってしまう・・・。政府はすぐに対策に乗りだした。
追跡者がこの世界に何人も派遣された。でも、1人として帰ってきた者がいなかった」
ふと外を見ると、雪が激しく降りしきっていた。急に肌寒くなる。わきへどけた毛布を引き寄せる。
「もし、君の言ってることが正しいとしたら」
「・・・明日行きたい所がある。おれに仕事を依頼したクロフツっていうジジイの所だ。あそこへ行けば・・・」
気が遠くなる。景色が白くぼやける。柔らかい感触がした後、それは遠のいていく。・・・おれは誰に話しているんだ!おれの電源
- 12 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:07:38.88 ID:j8JWPoZu0.net
- 「君の話を聞かせてもらったが、私がなぜ王に従わないのか説明してくれないか」
「おまえは宇宙旅行から帰ってきたと言っていたが、その時事故か何かなかったか?」
「そういえば着陸の時、機体に損傷があったようだな・・・・・・」
「宇宙船に転移装置はあったか?」
「さあ、わからない」
「もしかしたら事故のショックで、おまえの頭に通じている中枢部のMCと接続して、
この世界に飛ばされたのかもしれない。外部の人間だから、王の影響を受けないんだ。
現実では、おまえの体はスクラップになっていて、擬似人間だけがここにいるのかもな」
「なるほど」
デカルトは考えこむように首を傾ける。
「私は君の想像上の人間かもしれない。この世界が君の妄想からできているのと同じように」
「そうは考えたくない」
ミロは顔をしかめた。ホバーバイクは3人を乗せて宙路を飛んでいた。目には見えないが、
人工衛星によってコースを指定された空の道路を。肌が切れるような冷たい風が当たり、
暖房装置から流れ出す暖かい空気が白い煙となってバイクから流れていく。上空に巨大なスクリーンが漂っていて、
ミロの顔を映しだしている。自分の顔を今日見たのはこれで5つめ。公園のそばを通るとまだサイレンが鳴っていた。
「みんながおれに注目しているようだ」
「心配するな。こっちは高速宙路を走っているし、こういう市街地では襲ってこないだろう。
それよりも向こうに着いた時が危険だ」
出発前に端末機で調べたが、クロフツの職場は公企業ブロックのビルではなく教会になっていた。
「あれがそうよ」
エンジェルが指さした。そこには建物が山脈のように建っていた。
「これがみんなそうか?」
「うん。ここはあの宗派の、地球における本部みたいな所。クロフツというのはかなりの大物に違いないわ」
「おれの世界にはこんなのはなかった・・・」
「どうやらそのへんが、君の謎を解くカギになりそうだな」
デカルトは重々しくうなづいた。教会の屋上に降りて、駐車場にバイクを停めた。
建物の入口の扉には大きな文字が彫りこまれていた。
『リターンとは、我らの祈りの終わりに唱える詞である』
- 13 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:07:52.59 ID:j8JWPoZu0.net
- 彼は玉座に座っていた。前方のスクリーンがレニンヨークの景色を写していた。
真っ白な薄い雲をつき抜け、何本もの高層タワーが、柱のように伸びている。
それらは自ら薄明るい光を発していて、夜明けの空に何とも言えぬぼやけたもやを漂わせていた。
地上は宝石を散りばめた絨毯のようだ。彼は苦しげに息をし、端末機でクロフツを呼び出した。
「私は・・・どこかおかしい・・・何か、思い出せそうな気がする・・・今からそちらへ行きたい」
あわてたような声が返ってきた。
「ええ、それは大変だ!どうぞ、すぐにいらしてください。いつものように準備をしています」
「直接、そちらへ向かうには、私の体は疲れすぎているようだ。疑似体験装置を使って行こう」
彼は端末機を切り、玉座のボタンに触れた。上から機械装置が降りてきて彼の周りを取り囲んだ。
彼の目の前に、法衣を着たクロフツが見えてきた。
視覚だけでなく、その他の五感も向こうの刺激を彼に伝えはじめた。ここは大聖堂の中だった。
「リターン・・・さあ、神の前にひざまずきなさい」
クロフツが祈りはじめた。
「私は・・・どうして、ここにいるんだ。私の名は・・・・・・」
クロフツは咳払いをして厳かにうなずいた。
「さあ、そこへおかけなさい、王よ。そして祈るのです」
彼は祈りの姿勢をとろうとしたが、何か心のわだかまりがあって途中でやめた。クロフツは両腕を広げた。
「どうしたのです。いつものように祈るのだ王よ!やがて神は降臨するだろう」
「私には分からないんだ・・・誰かに操られているような・・・しかし私には分からない」
彼は頭を抱えひざまづいた。冷静な面持ち、鋭い眼光でクロフツは彼を見下ろした。
「今までの世界における神というものは、究極的で根源的なものだった」
クロフツは彼の回りをゆっくりと歩き回り、冷たい床に足音がこだました。
「我々は根源を求める。しかし我々は有限な存在だ。時間、空間に人々は縛られている・・・・・・」
神・・・・・・私を操り、私を破滅に導くのは神なのか・・・?
「一体、おまえはどんな意味で神を語っているのだ?」
- 14 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:08:16.52 ID:j8JWPoZu0.net
- 「偉大なる知識の集合体。全ての情報を取り入れ、それ自身で自己進化する存在だ。
やがてその能力は人間を超えて、無限大に神へ近づいていくことができる・・・」
「じ、自己進化?・・・おまえが言いたいのはもしかして・・・。あれは単なる機械だ!」
「違う!機械なんかじゃない!その存在は、決して目に見えることはなく、
あらゆる場所に存在しているものなんだ!存在者たる我々には気づくこともできないが、
人間が造ったことによってその存在が明らかになるのだ!」
突然クロフツは踊りはじめた。目を血走らせ、大声で賛美歌を歌った。
「リターン!おお、神よ!リターン!・・・さあ王よ、見るがいい!ここには神が存在するのだ」
天井の光がさらに明るさを増し、クロフツの頭上に降り注いだ。大量の床のホコリが光を浴びて
キラキラとまき散っているのが見えた。一瞬の静寂の後、クロフツの絶叫が響いた。
「全ての存在者の前に、あなたの姿をお見せください!」
オーロラが宙を舞い、星々がきらめきだした。どこかで荘厳な音楽が聞こえた。空気が清らかになり、
黄金の天井の雲をかき分け降りてくるのは・・・・・・・・・。バッ!突然稲妻が走り、
直後に落雷の音が大聖堂にこだました。何度も走る稲妻が、扉の前の3人の人影を照らした。
「クロフツ!追跡者のミロだ。話がしたい」
突然、空虚な暗闇になる。
「ちくしょう。停電だ!もろに落雷したな・・・。おーいクロフツ、どこにいるんだ!」
天井から機械の残骸がいくつも落ちてきた。彼の目の前のクロフツは、ふり落ちる機械油を浴びながら、
唖然として天上を見上げたままだ。彼はこちらへ来る3人を見た。
2人は知らない顔だった。・・・だがもう1人は・・・。
- 15 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:08:29.84 ID:j8JWPoZu0.net
- 少女の回りには、2体のうごめく灰色の物体。破滅の生き物だ。それらは少女と共に近づいてくる。
彼の回りには何の空間もない。少女は成長していく。大人の女へ。これは未来の姿だ。
起こるはずだった未来の。その女がこちらを向いたその瞬間、時は急速に流れを速めた。
女は年老いて灰になっていく。それは一瞬だ。人間にはどうすることもできない時の流れ。
我々は、漠然とした世界の中では生きられないものなのだ。破滅の生き物は近づいてくる。
肉体はドロドロに溶け、肋骨をむきだしにして引きずるようにしてこちらにやってくる・・・・・・。
「こっちへ来るなああああああ!」
王は玉座にいた。鼻水をたらしながらわめいていた。顔面は青白く、汗をにじませていた。
震えながら頭を抱えこんだ。
「ヨムレイだ」
ミロが言った。
「あれが王なのか?」
デカルトは一歩踏みだした。その時、暗がりから閃光が走り、デカルトの体を捉えた。
デカルトの服は引きちぎれ、アンディー液が床に流れ落ちた。また閃光がきらめいたが、
ミロのわきを通りすぎた。ミロはハンドガンを暗がりへ連射した。反応がなくなり、
ミロが銃をしまうと照明がついた。クロフツとデカルトが倒れていた。
「・・・どうだ」
「・・・2人とも死んでる・・・」
デカルトのそばにひざまずくエンジェルをそのままにして、ミロはクロフツの所へ行く。間違いなく本人だ。
「おまえなら何か話が聞けると思って来てみたが、これでだめになった」
ミロは玉座の方を向いた。
「立体映像か。本物のおまえは城にいるんだな?おれは追跡者のミロ。おまえを元の世界に連れ戻しにきた」
元の世界があったとしたらの話だが。
「・・・元の世界?」
- 16 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:08:44.24 ID:j8JWPoZu0.net
- 「そうだ。元の世界だ。ここはタイタンだ。・・・記憶がないのか?」
「・・・・・・いや、お、おお、思い出してきた・・・だんだん・・・タイタン・・・」
ミロはゆっくりと待った。しばらくして王は顔を上げた。
「そ。そうか。それで、私は、今、どこに・・・・・・」
「ここはタイタンだ。おまえはここに侵入して、この世界から帰ってこなくなった。おまえの上司の依頼を受けて、おれが来たんだ」
「そうか・・・クロフツ。ああ!そこに倒れているのは・・・」
「こいつは本物じゃない。心配するな。おまえの奥さんも心配しているぞ。入院して、かなり症状も良くなってきているんだ」
彼の表情は和らいでいったが、エンジェルの顔を見ると急にこわばった。
「なぜここにいるんだ!あれは私の娘だ!」
「え?」
エンジェルと王の視線が会った。涙をためて少女は首を横に振った。
「私はあなたの娘じゃないわ。この、デカルトの娘だよ!」
王の前の景色が揺らいだ。王は立ち上がった。ミロはエンジェルの手を引いて急いで後ろへ下がる。
「危ない!侵入者の自我が崩壊しはじめている」
時々、精神の安定していない侵入者は、他人を巻き添えにして自らを破滅に追い込む。
ミロは何度も巻き込まれたことがあり、そのたびに再起不能の危機を乗り越えてきた。
しかし、こいつのは普通じゃない。逃げようとしたが遅かった。空間がねじまがり虚空に大きな穴ができた。
大聖堂の品物や柱までもが一瞬にして渦を巻いて吸い込まれていく。
大音響があたりを包み込み、やがて音が消える。静寂・・・・・・・・・。
王は玉座にいた。しばらくは動きがなかった。
- 17 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:09:00.99 ID:j8JWPoZu0.net
- 『フフフ・・・やっと連絡が取れたね・・・。私はクロフツだ。地球にいる本人だ。
君が聞きたいことは山ほどあると思うが・・・・・・返事がないようだね。どうした、
疲れているのか・・・。このタイタンだが、宇宙全ての法則や物体をコピーできるほどの性能はないというのは
君も知っているね。そう、補助となる人間が一人必要となる。ヨムレイがそうなるはずだったんだ・・・
しかし見てのとおりだ。それでもう一人、この世界を一定に維持していく存在、他者が侵入しても強い意志を持って
世界を変えさせない存在が、必要となった。今までヨムレイをどうにか生かしておいたんだが、もう彼は自我が崩壊して
勝手に消えていってしまうだろう。君が侵入したせいで、ヨムレイの城が崩れだしている・・・フフフ・・・君だよ。ミロ君。
君はここに残るんだ。地球にある君の本体は、いらなくなったので処分しておくよ・・・フフフ・・・一瞬にそして永遠に・・・・・・リターン』
ミロは起きた。朝になっていた。ここはデカルトに連れこまれた部屋だ・・・もう彼はここにはいない。
どこにもいない。・・・それにしても、今の夢はなんだったのか。ようやくクロフツと連絡が取れたのだろうか。
しかし彼の言葉の内容は、終局的だ。信じられない。クロフツはおれを罠にはめたのだろうか。
それとも、やはりさっきの夢も、おれの頭の中にある単なる夢に過ぎないのか?
「おはよう。朝食よ。コーヒーとパンだけど」
隣の部屋からエンジェルが現れて、彼の前にトレイを置いた。一睡もしていないのが表情を見て分かる。
「あれから・・・どうなったのか」
「私にも分からない。気がついたら2人して外に倒れてたの。君は雪に埋もれた私を起こして、
バイクを運転して私を担いで部屋に連れ込んだ後に倒れたのよ。・・・・・・ありがとう」
「あの時・・・デカルトのことは、とてもすまなく思っている」
エンジェルは、飲んでいたコーヒーカップを置いた。青白い頬が小さな痙攣をしつづけていた。
今にも叫び声をあげそうな表情だった。しばらく青く晴れた空を眺めた後、ゆっくりと話しはじめた。
「私はね、このスラムで生まれたの。タイタンじゃないわ。この街よ。小さい頃、捨てられて、
施設に送られたの。一人でいつも・・・泣いてたみたい。そこにデカルトがやってきて、
私を拾って育ててくれたの。あのアンドロイド排斥の時、機械に育てられた子供は人間らしく育たないって言われたらしいけど、
私は違うみたいね。・・・そう思ってる。デカルトは、とても優しくしてくれた。・・・私は彼に何もしてあげられなかった」
2人は黙って食事を終えた。食器を片づけて戻ってきた後、エンジェルは話しかけた。
「あの時、王は私を指さして、自分の娘とか言ったわ。あれはどういう意味なの?」
- 18 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:09:17.85 ID:j8JWPoZu0.net
- 「君を造ったのはヨムレイだということだ。彼がこの世界へ侵入した時、たぶん願望からだろう、
死んだ自分の娘を造ったんだ。君以外にも何人も造ったのかもしれない。
君はおれと同じように全く外部の人間だから、王の命令を聞いたりせずにすんだんだ」
彼女ははじめ驚いた顔をしていたが、やがて考えこむような顔つきでミロの隣に座り、
彼を見つめながら口を開いた。
「いい?私は私なのよ。誰に造られたモノでもない。他人の頭の中にあるわけじゃない。
ここにいるのは私であって、他のなにものでもない私なのよ。君だってそうなの。どんな場所にいても、君は生きなきゃならないわ」
「・・・そうだ、君は、君自身だ」
ミロはそう答えた。そして立ち上がった。
「どこへ行くの」
「王の城。ヨムレイがああなったのには、少しはおれにも責任がある」
「・・・私も行くわ」
「よせよ、君には関係ないことだ」
「私は必要なはずよ」
実際そうだった。彼女にはなにか力があるのだ。王の自己破壊から助かったのも、おそらく彼女のせいなのだ。
バイクは高速宙路を走る。中心街を見ると、本当に城が崩れていた。
中心街は恐慌をきたしていた。逃げ惑う人々はいろいろな歩行道路に流されていった。
車両が宙路にあふれだした。城から落ちてきた雪のようなチリが街に降り積もった。
城壁はパラパラと剥がれ落ちて、内部の機械部分がむきだしにされていた。塔は崩れ、朽ち果てていった。
「ヨムレイはこの中だ。どうする」
「歩いて行けるわけないわ」
ミロは粉々になっていく入口へ、バイクで突入した。
「あれを見て!」
エンジェルが声をあげる。巨大な口が彼らを待ち受けていた。ブレーキをかけたが間に合わない。
唾液を垂らした真っ赤な舌がバイクをすくい上げた・・・・・・。
- 19 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:09:31.55 ID:j8JWPoZu0.net
- そこは体の中だった。噴きあふれる血液だった。てかてか光る内臓だった。
「ここはどこなの!」
エンジェルが絶叫する。
「落ち着くんだ。これは幻覚だ。ここは城の中だ」
そう言うミロにも、この情景は信じられないものだった。バイクは血管の中を走っていた。
色鮮やかな赤血球が流れ、ぐるぐる回ってミロ達を追い抜いていく。白血球がまとわりつき、
侵入者を包みこもうとするが、ハンドガンで撃退する。静脈の弁に迎えられ、
やがて心臓の力強い圧力に振り回される・・・・・・。本当にヨムレイはここにいるのか?
いるとしても、果たして正気を保っているだろうか。
「なんとなく安らぎを感じるわ。前にもここに来たかもしれない・・・」
エンジェルがうわずった声をあげた。血管を進み続けると、いきなり大きな空間に出た。
バイクは粘膜にへばりついた。向こうを見ると、なにやら液体が・・・。
「ここは胃の中だ」
胃液が噴き上がった。
「これは幻覚なんだ。君ならこの幻覚を破れるはずだ」
「幻覚なんかじゃないわ。これは本物よ!」
「エンジェル!」
ぶくぶくと泡をたてながら、胃液の中から巨大な球体が浮かび上がった。
それは集積回路の集合体だった。水しぶきをあげて球体は胃に穴をあけ、
ミロ達の上を飛びすぎていった。
「後を追って!あれは彼女を殺そうとしているわ!」
「彼女?」
「早く!」
ヨムレイは玉座にいた。もう彼は、教会で消された全ての記憶を取り戻していた。
城は崩壊寸前だった。しかし彼は逃げようとしなかった。彼は静かに目を閉じ、
ため息をついた。そこへ爆発音が響き、床からバイクが浮かび上がった。
「ヨムレイ、逃げろ。ここは危険だ!」
ミロが怒鳴った。
「逃げろよ!奴が来るんだ!」
ヨムレイは首を横に振った。
- 20 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:09:43.37 ID:j8JWPoZu0.net
- 「いや、私はここに残る。私は、君よりも前に侵入してきた人間達を、何人も殺してきたのだ」
「そ、そんなこと。しまった!遅かった!」
巨大な目玉が浮かび上がる。破滅の生き物だ。充血した目は彼をにらみつけた。彼にはもう、
逃げる場所も耐える力も残っていなかった。その時、エンジェルが叫んだ。
「いい?これは怪物じゃないわ。私はちっともこわくないわ!ただの機械なのよ!
いつも使っている機械・・・ね?こわくないでしょ?」
「・・・機械?」
懐かしい声が彼を勇気づけた。そうだ、こいつは単なる機械なのだ。彼は立ち上がった。
最後の力をふりしぼって彼は目玉をにらみつけた。目玉は立体映像を発する機械となり、
映像はぼやけ、最後に機械装置の固まりとなった。
ミロはハンドガンを燃料が切れるまで球体に撃ち続けた。球体は煙を吐いて沈んでいった。
「おまえは操られたんだ。どうしようもなかった・・・あっ!」
エンジェルが倒れていた。ミロは彼女を抱えて揺すった。
「どうした。しっかりしろ!」
「わ、私・・・少し疲れたみたい・・・」
蒼ざめた顔で、エンジェルは力なく笑った。ミロは気づいた。
彼女が王に造られたのなら、この城と同じように・・・・・・。
「私がどうして君についてきたか知ってる?王を殺してやりたかったの・・・。
でも、できなかった・・・。ほら、彼の顔を見て、
私とおんなじだと思ったの・・・。彼も、一人なのよ・・・逆に助けちゃった」
彼女は、自分の体が立体映像のように透明になっていくのを眺めた。
「信じられないわ。やっぱりここはタイタンだったのね・・・。でも、よかったわね」
「え?」
「君の言ってるとおりだったじゃない。大丈夫よ。安心して。きっと元の世界に帰れるはすよ」
エンジェルの体がほとんど見えなくなり、だんだん感触がなくなっていく。
「ねえ、王の娘はどうして死んだの?」
「交通事故だ。真夜中、酔っ払って、速度オーバーだった」
「そう・・・。私、これで少しは親孝行できたかしら・・・・・・」
エンジェルは静かに消えた。しばらくしてミロは立ち上がった。ヨムレイが近寄る。
「私が生きることが、彼女への償いになるだろうか」
ヨムレイの言葉にミロはうなずいた。
- 21 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:10:15.72 ID:j8JWPoZu0.net
- 突然、鳴き声が聞こえた。
「何に聞こえる?」
「赤ちゃんの鳴き声」
「君もそう思うか。最近、この城で聞こえてくるんだ・・・」
鳴き声が激しくなり、ヨムレイは両耳を押さえた。急に彼の周りは完全な暗闇となった。
城が完全に崩壊したのだろうか。空気はとても冷たい。だがこれは、外の冬の寒さではない。
気流が停滞しているのだ。星空が見える。ここはタイタンの地表だった。
彼の体は地面を離れていく。やがて彼の目の前に巨大な環を持つ土星が浮かび上がった。
あの輪の中にタイタンも含まれているのだ。
「あれを見ろよ」
いつの間にか隣にいるミロが指さした。土星よりも大きな胎児が頭上を漂っていた。泣き声は、あそこから聞こえているようだ。
「あれはなんだ」
ヨムレイがうめいた。
「わからない。このまま地球に戻れるのかな」
ミロは周りをキョロキョロ見ている。おそらく地球を探しているのだろう。
宇宙の彼方から転移装置がこちらにやってきた。赤ちゃんの鳴き声は笑い声に変わっていた・・・・・・。
- 22 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:10:17.21 ID:K0balOBS0.net
- おちんちんびろーん
- 23 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:10:33.10 ID:j8JWPoZu0.net
- ミロは端末機で調べ、自分の体がまだ地球にあることを知った。
ついでにデカルトの名前を調べる。彼は宇宙船事故で死亡していた。
では、彼が言ったことはなんだったのか。彼の仲間のアンドロイドは地球で生きているのだろうか。
それともMCに接続された彼らはどこかの世界に・・・?彼はもう一度端末機を使った。
『クロフツの影にいるのはおまえだろ?この端末機がどこに通じているかは常識だぜ。
それとも常識じゃないのかな?返事ぐらいしろよ。中枢部にいるMC、マザーコンピューター、
おまえだよ。ここはおまえの体のようなものだ。人間を支配するのも簡単だったよな。
でも、そう思い通りにいくとは思うなよ』
ミロは端末機をしまい、転移装置にねころんだ。ポケットにしまった銃身がかさばって寝づらい。
銃を膝につけようとすると、銃身になにか見覚えのない字が書いてあることに気づいた。
『これで自由になったつもりか?』
自由か。彼はにやりと笑った。これを求めるために、おれはこの仕事をこれからも続けていくだろう。
私はどこへ行くのだろうか。暗い、冷たい。どこまでも落ちていく落ちていく・・・。
今までの現実から一体何が残ったというのだ!あっ、光が見える。あれは天国だ。
暖かで穏やかで平和な所・・・。だが、私に居場所はあるだろうか。そこにいれば私は幸せだろうか。
天国にいても、私は生きていることにはならないだろう。
クロフツが言ったように、私は時間や場所に縛られている存在者だ。
- 24 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:10:47.36 ID:j8JWPoZu0.net
- 幸福は、神の意志とは無関係なのだ。
「ああ、気がついたようですよ。よかったぁ。もうだめかと思いましたよぉ」
ニヨロークの大げさな声が聞こえる。あいかわらずうるさい奴だ。なんだかえらく騒がしいな。
「よし、そこのを注射して。そう、それ・・・お、おい!ちょっと待ちなさい!この患者は絶対安静なんだ」
「急用なんだ。おい、ヨムレイさん、聞こえますか?」
きびきびした声が聞こえる。
「警察の者ですが、クロフツ事件について話がありまして・・・。クロフツは逃亡し、
先ほど転移装置で死亡しているのが発見されました。私どもとしましては、
無事にあなたを保護できて、ホッとしております。これからの予定ですが・・・お、おい!」
「さあ、もういいだろ。さっさと出ていってくれ!さあ、みんなでこいつらを追い出せ!」
がやがやと騒ぎがあって、やがて静かになる。
「いやあ、驚きましたよ。まさかうちのボスがあんな大事件に関わっていたなんて。
いやあ、なにしろ国の施設を悪用したんですからねえ。前からあの人は少し変だと思っていましたけど・・・。
宗教だなんてねえ。まあ、これからは、何かにつけて忙しくなりそうですよ」
「君、もう少し大事なことを話そうじゃないか」
「大事なことってなんです?」
「君は少しおとなしくしてなさい。ヨムレイ君?聞こえるかね?私はこの病院の院長だ。
実は君に無断で勝手なことをしてしまったんだ。この病院に入院している君の奥さんのことなんだけどね。
君が土星の衛星に行ったきり戻ってこないと、奥さんはこのニヨローク君から聞き出したんだ。
そうしたら、ぜひ私も連れてってほしいと彼女がニヨローク君に頼みこんだんだ。病院側としても、
まだ完治していない患者にそんなことをさせたくなかったし、なんでも生きて帰った者は一人もいないそうじゃないか」
「あ、ニヨロークです。聞こえますか?はじめは奥さんの言ってることに、みんな反対したんですよ。
でも気が強くて・・・。それで、いろいろ手続きをふみまして・・・タイタンに飛ばしてしまったんです。
奥さんはあなたと同レベルの技術者だから、能力的には何の問題もなかったんです。それでいろいろ騒ぎが大きくなって、
警察が動きだして、いろいろと不正が明らかになったんですが・・・」
・・・・・・なんだって?それで、妻は・・・・・・。
「心配せんでもいい。奥さんは無事だ。まあ、我々を怒らんでくれ。君が気づいていたかはしらんが、
最終的に君を救ったのは彼女だったんだよ・・・・・・・・・」
- 25 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/01/09(月) 21:11:04.89 ID:j8JWPoZu0.net
- 彼は真っ白い部屋に寝ていた。
「おはよう」
隣のベッドに寝ていた彼の妻が言った。
「戻ってきた・・・。ああ、おまえ、ずっと今まで・・・」
「私、タイタンに行った時の記憶がないのよ。私達、あそこで何をしていたのかしら」
「・・・・・・夢を見ていたんだ」
彼は目をつぶりもう一度ねころんだ。しばらくして妻の顔を・・・・・・。
「私、赤ちゃんができたの・・・」
雪が降りはじめた。ここレニンヨークに冬が来ようとしていた。この都市の冬は特に冷える。
議事堂関係処理責任者のクロフツは、ガラス1枚隔たれたデスクの中でふるえた・・・・・・。
「いやあ、今日は冷えますね」
クロフツは、はっとして前方を見上げた。長年の勤務のせいで、現実と空想の区別がつかなくなってきていた。
リターン。
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